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楽譜を読む ということ

森Mori のリコーダー音楽会 vol.4は、2010年6月26日(土)に予定しています。目下、私の生徒さんたちは、個人で演奏を楽しんでいらっしゃる方も、グループで楽しんでいらっしゃる方も、音楽会での発表曲の読譜と音出しに大忙し     

でも、1回目よりは2回目、2回目よりは3回目・・・と準備も早くなってきましたから(私自身の・・)ほぼ一通りの読譜を終えて、楽章ごと、フレーズごとの表情を、さまざまなテクニックの復習もまじえながらあれこれと考える段階になってまいりました。レッスンに行くたびに、響きがどんどん充実していくことにほんとうにおどろきます。

今年の音楽会では、ひとつのまとまった作品に取り組むグループが多いです。なかなかの名曲ぞろいです・・!

これはレッスンのこだわり、というよりもむしろ、私の「右の耳から左の耳へ・・」テキなキオクソウーシツ(記憶喪失)体質からきているのかもしれませんが、毎回、どのレッスンに臨むときでもはじめてその作品を耳にしたときのような新鮮さを感じます。だからほんとうにおもしろい。ワクワクします。(仕上げることも考えています、もちろん!)

一方で、生徒さんにお話しするときには、言葉の難しさ、いつも感じています。

たとえば、アーティキュレーションを「もう少し短くしてみては?」のひと言に「前回はもっと長くと言われました・・・」、あるいはダイナミクスについて「もう少しここの響きを充実させてみては」のひと言に「前回は静かな響きでと言われました・・」などと返されてしまうときの私の苦笑い・・・

ひとつの試みとして、ある場所の音を長くしたり短くしたり、あるいは響かせてみたり弱めてみたりしたとき・・・そうすることによって得られる全体の響きがどうなるかということまでお話しすることはあっても、それを実行し響きを体験して全員が納得するに至るかどうかはそのときどき・・ということになってしまいます。私が提案するのはたったひとつだけ、ぜひとも、リハーサルのときにはもっとたくさんのアイディアをふくらませていろいろ試みていただきたいな~と思います。

楽譜は、時代が古くなればなるほど、本来の鳴り響きとしての音楽のほんのわずかな情報でしかありません。音の長さはおろか、リズムすら、当時の演奏習慣上の暗黙の了解で変化することだってあるのです。確かなハーモニー、反復するモチーフを手がかりに、暗号を読み解くかのように読譜しなくてはならないこともあります。だから・・・古楽を演奏する人たちはみな、経験から、楽譜を100パーセント信じてはいけないことをよく知っているのです。

それはそうと、Moriのリコーダー音楽会に向けてのレッスンを重ねる中で、これまで私もずっと使ってきた楽譜に、明らかなミスがあることがわかりました。今年に入って2つ、発覚しました。これらの発見は真摯に楽譜に向き合う生徒さんのおかげなのです・・・「楽譜は信用しないのよ~」という習慣は、時に軌道修正も必要です 

何事も・・“ゼッタイ”といことはありませぬ・・人間は柔軟でなければならないと、つくづく思います。

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