リコーダーの奏法

グレート・バス・リコーダー

おくればせながら・・グレート・バス・リコーダーを購入しました。

アンサンブルのコンサートなどで、演奏仲間が所有している楽器を借りて演奏することはしばしばありました。けれども、やはり自分の楽器ではないので、それだけでもしっくりこないというか、「自分の音が出せない楽器」としての認識しかなく、バス・リコーダーを上手く吹きこなせるだけで充分と考えていました。
ところが、C管になるだけで、やはり低音の重厚さが違いました。J.S.バッハの《フーガの技法》をリコーダーアンサンブルにアレンジしたものがありますが、バス・リコーダーですとオクターヴを少なからず変更せざるをえないところ、グレート・バスでしたらしっかりと低音を鳴らすことが出来ます。
楽器店では5本の楽器の中からお気に入りを見つけましたが、選定の基準で一番重要なのは、やはり、前音域の音量のバランスが良いことでした。5本のグレート・バスをかわるがわる吹きながら試奏室で粘って2時間、果たして、音量バランスの良い楽器は見つかったのですが、音程に関してはなかなか難しいということがわかりました。
リコーダーでこれだけの数のキィ、これだけ大きな内径・・調整も難しいに違いありません。
最初のオイリングも一苦労でしたから。
ただ、ここであきらめてはいけませぬ。
グレート・バスの運指は、まず、運指表を頼みにしてはなりません。
ひたすら良く「聴く」そして、キィのすべてを巧みに駆使して、運指のすべてを工夫する必要があります。
手間がかかるほど、かわいい楽器になるではありませんか・・・
偶然、『季刊リコーダー』第17号の栗コーダーカルテットさんが担当するページで、この楽器をこよなく愛する?メンバーの方が「あるある話」を語って下さいました。おもしろいですhappy02happy02
ますますこの楽器を究めたくなってきました。
おまけ・・・信州の田舎から、庭先で実ったザクロが送られてきました。今年のザクロは甘い!子どもの頃はこの酸っぱさが大好きで、秋になるのが楽しみでした。このところ、年齢のせいか「酸味」に弱くなったワタクシですが、今年のザクロは違います。
小さな赤いひとつぶひとつぶをゆっくり食べるヒマなど・・と思ってながめるうちに、そうだ、と思い出しました。ザクロのおいしい食べ方。人差し指と親指の間に一粒はさんで、軽く開けた口に向かって押しつぶすとパッ!と甘酸っぱいザクロの果汁が口いっぱいに広がります・・それが楽しくて、忙しいというのになんとなく椅子にずっと腰掛けたまましばらく楽しんでしまいました・・・maple

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木の種類と息の入れ方

なんだか妙なタイトルですが・・・・・・・・

これまで材質の異なるリコーダーを吹く時に、自分では無意識にしてきたことですが、いざそれを実践してもらおうとレッスンでお話しをするときに壁にぶち当たりました。

木の種類によって、それぞれふさわしい息の吹き込み方があります。生徒さんにお話しをするときに「どうしたらわかってもらえるだろうか」といつものように悩みぬき、ようやく答えがどこからか聞こえてきました。

硬い種類のローズウッドや黒檀などで作られたリコーダーと、楓や黄楊などの比較的やわらかい種類の木で作られたリコーダー。それぞれの材質の良さを音色にして響かせるには息のスピードの変化が不可欠です。息のスピード・・・というよりは音のねらいどころと言った方がぴったりするでしょうか。

アンサンブルで楽しむ時、楓の中でも見るからにやわらかそうな白い色の木製リコーダーで奏でる時のほんわりした音色は、他の楽器とも調和し易く魅力的です。一方、低音の弦楽器まで伴って独奏ソナタをステージで披露する時は、硬めのローズウッドのリコーダーから生み出されるパワフルで語り口も鮮明な音色には大きなインパクトがあります。どちらの特質にも他には替えられない魅力があるので・・・だから色々な木のリコーダーが欲しくなってしまいます。

木の音色は柔らかで美しく、耳に優しく手にもあたたかい・・

明日は、数人の生徒さんと一緒に、恒例の「春の楽器選定ツアー♪」です。

楽しみですhappy02

ところで最近、子供がフルートを習い始めました。「リコーダーみたいな地味な楽器、お母さんよくやってるね~」と言いながら。たいへんですよ、私はこれまで“木”ばっかりを見つめてきましたし、これからも生涯“木”を見つめていきたいと思っていたのに、いきなりこれからキンキラキンの金属も学ばなくてはなりませぬ。フルートももちろん奥が深い・・・のです。

おまけ・・・・・少し長引いていた子供との冷戦状態がようやく終わりました。それはおひなまつりあたりからはじまりました。「もうひなまつりも喜んでもらえないのかしら」と悶々としていた私の心の状態はそのまま、家族の寂しさも、周囲の方へのご迷惑も顧みることができなかったあまりにも多忙なここ数カ月のワタクシの日常の鏡映しだったということにようやく気がつきました。そういえば今年の3月3日は信州の田舎でレッスン、恒例の茶わん蒸しも五目ちらしも家族のためには作らなかったのだわ・・(涙)200歳まで生き抜きそうな元気な両親にも感謝。一件落着。

我が家のひなまつり2013年は、田舎風に4月3日に決定です!

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音のはじまり

明日は北海道、美幌町で演奏会です。

いにしえの調べ ~エリザベス王朝の息吹~ 歌(ソプラノ)とリコーダー・コンソート

小林木綿(ソプラノ)、花岡和生(リコーダー)、飯塚直子(リコーダー)、森吉京子(リコーダー)

北海道美幌町会館 第一ホール 19時開演 チケット:2,000円、1,500円(高校生以下)、2,500円(親子)

お問い合わせ:0152-72-2258(石岡)

花岡氏がずっと長く続けている演奏会シリーズで、今回はリコーダー・コンソート(3重奏)のメンバーとして参加させていただくことになりました。

花岡氏がいちばんたいせつなこととして、たびたびリハーサル中にそのことを口にすることがすべてきっかけなのですが・・・“音のはじまり”について、このところよく考えています。

と同時に、留学から戻って間もなく一緒にアンサンブルをする機会を得たある演奏家から、「音を当てる」という言葉を聞いて、いったいどういうことなんだろう・・・とよくわからなかったことを思い出して悶々としていました。ところがつい先日、以前からよく知る奏者とアンサンブルをする機会があったときにその意味が、まるで大きな扉ががらがらと音を立てて開かれたように良く分かったのです。明らかに、私は共演者とは異なるアーティキュレーション(音の切り方、舌づかいにに関連)でしたが、あえて今、自分の分かってきたことをもう一度しまいこんでしまわず・・まだ私のそれも発展途上、元に戻るのはとりあえずやめようと考えました。そしてただ、「音を当てる」というその言葉の意味を理解するのにこんなにも時間がかかってしまったことに少し残念に思いました。

音楽はすべて、意味を持つ小さなフレーズの継ぎ合わせで出来ています。リコーダーを吹き始めた初期のころに習ったことは、「トゥからはじめなさい」というテクニックだったと思います。大切な音にトゥ、あるいはティという“硬い”タンギング(舌づかい)すべてのフレーズはそれからはじまります。トゥトゥトゥトゥ・・・・、トゥドゥトゥドゥ・・・

私が今年に入ってから始まった花岡和生氏とのリハーサルを経て、今にしてようやく、たぶんほんの少しずつだけ聴こえてきた“すべての音の始まり”をごく簡単に言えば、たぶん・・・次のようなことになります。フレーズの最初の音というのは、その先に連なる音を運ぶエネルギーを持っているので、発音する瞬間にそのエネルギーすべてが発散されてしまうような硬いタンギングで始めてしまっては、流れる時間が、つまり音楽にとって命ともいえるリズムが失われてしまうのです。

ただ、ほんとうに疑問は尽きないもので・・・タイプの異なる楽器に同じように臨めるかどうか、私にはまだわかりません。はっきり言えるのはひとつ。どんなに異なるタイプの楽器を持ったときにも、この楽器の奏者として音に対する同じ考えを基にマウスピース(リコーダーの吹き口)に息を送り出すことができたら・・・それがいちばん理想的です。

バロック・タイプのリコーダーとともに、それ以前の時代のコンソート用リコーダー、いわゆるルネサンス・タイプのリコーダー、そして、ガナッシ・タイプと呼ばれるリコーダーも、リコーダー吹きにとっては同じように表現に欠かせない楽器なのですが、私が先日、アンサンブルのコンサートで用いたガナッシ・タイプのリコーダー、これにはあまりにもいろいろな“吹き心地”つまり、奏者の音に対する理想が実現できたり、できなかったりするものがさまざま存在しすぎるのです。それによって、私たちが体現しようとしている古楽のパフォーマンスプラクティス(演奏習慣)というのが可能になるかどうかも左右されるほどたいせつなことにも関わらず・・・・

なにやら話しが複雑になってしまいましたね・・・

リコーダーの異なるタイプ?など、まだ、当ブログでは体系的にご説明もしていませんでした。この秋は、そのことをとことん考えてみたいと思っているのですが、同時に、楽器に“吹かされている”自分についても反省したいと思っています・・・

よけいに迷走してしまうかも・・・

おまけ:今日から子どもの学校で、朝の陸上練習がはじまりました。千葉国体?に関係があるのでしょうか・・・(そのことすらくもりガラスを見ているようにわかっていないワタシ)運動にはほんのわずかの縁もなかった私には、朝早く起きてまで身体を動かそうという精神を心から尊敬します・・!ですから、今日のブログの更新時間は記録的な早朝になりました  happy02happy02happy02

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オイリング 1

楽器の状態をすこやかに保つために、リコーダーの内部にオイルを塗るといいと思います。

ブロック周辺、つまり、ブロックを抜いてのウィンドウェイへのオイリングは、これまで生徒さんにお勧めするのをためらってきたのですが、2本、3本と楽器が増えてくるとどうしても、“いつも吹いている楽器”と”ここぞというときに吹く特別な楽器”には、状態の差が出てきますし、何よりも、自らリコーダーのブロックを抜いて内部を点検する作業を可能にしておくと、楽器にもより親しみがわいてきます。

ということで、最近はおひとり、おふたり・・と、私の生徒さんの中にもブロックを抜く勇気の持つ(!?)方が増えてきました。

ウィンドウェイも含め、楽器全体にオイリングをする前に、いちばんたいせつなことをいくつか並べてみます。

1 楽器をよく乾かしてから行う。

湿ったものにオイルは浸透しません。乾いてからの方が当然、オイリングの効果が期待できます。特に、ほんのわずかな時間でも演奏直後の楽器のブロックは、湿気で膨張しています。決して、吹いた直後にはブロック抜きをしないでください。天候にもよりますが、必ず、1日以上放置してから行います。

2 塗ったオイルは、最後に必ずふき取る。

オイルの種類にもよりますが、オイリングの後に放置すると、そこに皮膜ができてしまうものもあります。第一、オイリングしたままのべとべとした状態では演奏もしにくいですよね。たいせつなところはやさしくぬぐいますが、たとえば中部管の内部などにはオイルがよくしみこむように、少し力を入れてオイルを塗り込むようにふき取ります。

3 ムリは禁物!

ウィンドウェイへのオイリングは当然、ブロック抜きから始めます。ブロックを抜くときも入れるときも、無理は禁物です。オイリングをはじめる前にそろえたい道具については次回以降お話ししますが、コンコンとブロックを3回以上たたいても1ミリも動かないようでしたら、専門家に任せた方が無難です。入れるときも、ブロックは吹き口につくられた溝にきちんとおさまるように設計されていますので、正しい位置にあれば押し込まなくてもすっと入っていきます。残り数ミリを入れるために、道具を使って軽く押し入れることになります。

4 ブロックを抜いた状態で放置するのはせいぜい1日

オイリングのためにブロックを抜いた状態のリコーダーの頭部管は、ポカンと穴のあいた筒状態です。これをそのまま2、3日と放置すると、ブロックが入っていた部分が収縮し、入っていたブロックが入らない!という危険な状態になります。オイリングをしても、長くて1日。ブロックはもとの位置へ。

5 ブロックへは決してオイルをつけない。

オイルが付いてはいけない場所はブロックです。ここに油がしみこむと、ブロックの機能として重要な湿度による膨張と感想による収縮が不可能になってしまいます。逆に、ブロック以外のところへは、程度の差はありますが(たいせつなので後ほど詳細に)、オイルが付いても問題ありません。演奏をしてブロックを抜ける状態まで乾かしたらすぐにブロックを抜き、そのまま楽器をポチャンとオイル漬けにする奏者もいるくらいですから・・・

前知識として必要なことは以上です。

実際のオイリングの手順、そろえたい道具の話しなど、次回をお楽しみにwink 

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シングル・タンギングとダブル・タンギング

先月末、芸大博士論文の製本提出を済ませました。これで、長かった(いえ、長過ぎた)ワタクシの学生生活に、ようやくピリオドを打つことができました。

論文を整理しながら、改めて、リコーダーを含む管楽器のタンギングの歴史的な変遷について考えました。これはやはり(私にとっては・・ですけど)おもしろい。実にマニアックな感じのタンギング談義、いよいよ始動いたします bearing

現代のリコーダー奏法における舌づかい、すなわち“タンギング”は、舌を動かすことだけで行うシングル・タンギングと、より高速で走句を演奏することを可能にするダブル・タンギングの2つの種類に分けられることは、多くの方が知るところです。

ダブル・タンギングは、1回の舌突きと、1回の喉の動きを反復することによって、つまり、発音上は“トゥクトゥク tu ku tu ku”というふうに今は理解されています。文献に残るダブル・タンギングという言葉、おそらく最初に使ったのはクヴァンツJohann Joachim Quantz (1697-1773)というドイツのフルート奏者ですが、クヴァンツの意図するダブル・タンギングとは、現代のリコーダーあるいは管楽器奏法で行うトゥクトゥクと発音するタンギングとは似て非なるものだったということは意外に知られていません。(クヴァンツのいうところのダブル・タンギングとはどんなものだったか、別の機会に詳しくお話ししたいと思います。)

ゆっくり演奏するときのシングル・タンギング、速く演奏するときのダブル・タンギングというのはつまり、現代の管楽器奏法からリコーダーに用いるタンギングの分類法に取り入れらた“現代風の”呼び方であり、今日のところはその言葉が用いられた当初の本来のタンギングの仕方とは違ってきてしまったということだけ、明確にしておきましょう。

タンギング、すなわち管楽器を演奏する上で欠かせない舌突きは、おそらく、言葉を伴わない器楽曲において、いかにして声楽家が言葉を音符に当てはめるように音符に意味を持たせることができるか、という管楽器奏者の“音表現”に対する飽くなき探究心からその重要性が説かれるようになり、バロック時代のイタリアとフランスという二分化された様式の違いを超えて、少なくとも18世紀の終わりまでヨーロッパ各地で数多くの文献の中にその方法論が残されています。

リコーダーの場合は、いわゆるルネサンス・タイプと呼ばれる楽器とバロック・タイプと呼ばれる楽器の変遷によって大きな影響を受けていると思われますが、少なくとも文献にタンギングの重要性が説かれ始めた頃のタンギングには、喉を使ってトゥクトゥクと発音されるようなものは、おおよそすべての著者が「やってはだめ~!」と言って使用を禁止していたものだったのです。

おもしろいことに、「トゥクトゥクをやってはだめ~!」と言い続けていたイタリア人、100年もしないうちに、同国イタリアで「トゥクトゥクこそ声楽を模倣するすばらしく優美なタンギング」と言い出す音楽家が出現します。

「いったいこれは何・・?」と思わず首を傾げてしまいますが・・そこにはタンギングを理解するときにポイントとなる重要なカギが隠されているように思われます。

とりとめなくタンギングの話題を取り上げてしまいました・・書きながら少しずつ、理解していただけるように努めて参りますので、どうぞこりずに気が向いたときに、この“リコーダー奏法”のカテゴリーを訪れてみてください。がんばります good

おまけ

やっと咲きました、我が家のベランダでけなげに生きる、ダイヤースカモマイルちゃん・・

Daiyaas_kamomail_1 Daiyaas_kamomaile_2         かわいいです、ほんとうに。この自然界にしか存在しない配色、なんとも言えないかわいらしさです・・ 感動 

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息が出てくるところ

今日、レッスンをしていて久しぶりに“ため息”について改めて考えてみました。

リコーダーにため息を吹き込んでみる・・・実は、これは、私がリコーダー奏者を目指して信州の田舎から上京し、はじめてレッスンを受けたときに先生から指導されたことでした。

あ~あぁ・・ふ~うぅ・・・と、今でこそため息は毎日sign02(いえ、冗談、じょうだん)でも、あの頃はまだ10代、改めてため息というものについて考えることからして難しかったことを覚えています。

身体のどこにも力をいれずに、ふ~うぅ・・・とため息をリコーダーに吹き込むことを繰り返すうちに、何もしないことの難しさが少しずつわかってきました。どうしてもどこかで息を押し出してしまう、どうしてもどこかで音を保とうとしてしまう・・・

まず、何もしようとせず、リコーダーに息を吹き入れること。それが完璧にできるようになったら、次は、ため息からはじめて自分が良いと思う音を保つことを試みます。そのとき息の出どころとして感じる場所は、実は、下腹などではありません。リコーダーの息づかいは、声楽のそれと全く同じと言われるように、腹筋運動なども初期の息づかいのレッスンの中で私も取り入れますが、実際に息の出どころのポイントとして意識する場所は、実はミゾオチの辺りのような気がします。それはもちろん、横隔膜の動きを人間は感覚を伴って意識することができないからなのですが・・・

大きさは充分でも音に柔軟性がないとき、意図しない音の揺れ、すなわち、ちりめんのようなヴィブラートが付いてしまうとき、決まって喉、首の辺りに必要のない力が入っています。

息の出どころを、喉よりもう少し深いところにイメージし、それより上は完全に開放された状態、それが、柔軟な音作りへの最初の一歩であるように思います。

柔軟な・・・とは、要するにダイナミックスの変化に富む音です。

・・・余談ですが、音大受験を考えて上京したとき、私がはじめに真のリコーダー奏法に触れたのは、花岡和生氏のレッスンでした。たまたま信州での演奏会で花岡氏のリコーダー演奏を耳にし、雷に打たれたような衝撃を受けたことを今でも覚えています。

ため息から始まる花岡氏のレッスンを受けてからというもの、夜中に起き出して布団の中で音作りに励み、それがわかったと自覚したときの感動を今でも忘れません。

ほんとうに、時間が経つのはなんて早いのでしょう。あれからもうン10年、昨日のことのように思い出しますのに・・・

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口の力を抜くということ

昨日と今日、2日間続けてダウランド物語のリハーサルがありました。昨日は夕方から会場となる浅草聖ヨハネ教会で、影絵作家の浜崎ゆう子さんの作品と共に、演奏会全体の流れを把握するものでした。

浅草聖ヨハネ教会は、オフィス街のど真ん中、近代的なビルが立ち並ぶ一角にあり、そこだけ不思議な空間をつくりだしていました。

Dowland_jpg 演出家の竹浪明さん監督のもと、出演者の立ち位置、照明などが手際よく決まり、物語を視覚的に表現する影絵が浅草聖ヨハネ教会の祭壇をバックに、プロジェクターに映し出されたときには、チャペルの空間がそのままダウランドの世界になりました。

今日のリハーサルは主に、歌手の方との音楽部分の確認と練習で、今回の演奏会では朗読を担当されるティモシー・ハリスさんによる、英語の歌詞のリズムと発音についてのアドヴァイスはたいへん興味深いものでした。

ダウランド声楽曲の歌詞を朗読し、そのリズムの特徴を1曲ずつ説明するティムさん(ティモシー・ハリスさんは、自分のことをそう呼んでください、と私たちに言います)。同じ音の反復であっても、言葉のアクセントの配置を明確にさせることによって、旋律が躍動感を持ちはじめます。ティムさんのアドヴァイスは、まず詩のリズムから始まりました。

そして、次に、響きそのものに影響する「唇周辺をこわばらせないで」というアドヴァイスが続きます。これは、リコーダーにも通じるものだと思いました。

意外に見過ごされがちな口周りの緊張。

花の香り -でもなんでも好きな香りだったら食べ物でもいいのですが - を感じるとき、鼻の穴がふくらんで pig そして鼻の下の力がふわっと抜けるのを感じます。ついでに鼻の両脇の筋肉をぴくぴくさせながらゆっくり引き上げてみます(表情を鏡で見ると笑えます)。鼻の下が、つまり上唇がまるでとけてしまうかのようにじわりと柔らかくなるのがわかります。

どうも上手く旋律が流れないなぁ、と感じるとき、そんなふうに上唇をゆるませるとだいぶ良い感じになることがあったっけ・・「唇の緊張」についてティムさんが話し始めたとき、そんなことを思い出していました。

そして、下あごをゆるませるおもしろい練習も私たちの前でデモンストレーションしてくれました。いきなりひざまづいたティムさん、両手のひらを合わせてこぶし上にして組み、上下に揺らし始めました。すると、こぶしが振り下ろされる振動で、かちかちとティムさんの上下の歯が鳴り始めました。もちろん、下あごに力が入っていてはこうはなりません。

唇をこわばらせたときの言葉の響き、力を適度に抜いたときの言葉の響き、ティムさんがデモンストレーションする英語の歌詞の朗読で、それははっきりと違うものでした。

今回の演奏会では、ダウランドの声楽曲を、歌と一緒にリコーダーで吹く場面がいくつかあります。ティムさんのアドヴァイスは今後の練習にいい影響をもたらしそうです。

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アンサンブルの中のバス・リコーダー

アンサンブルをするときのバス・リコーダーの響きについて、最近、考えさせられることがありました。

特に、古い時代のポリフォニックな音楽を4本のリコーダーで演奏するとき、いかにバスの響きがたいせつか、低音が弱点のリコーダーだからこそ、良質のコンソートを目指すときにはいつも考えなくてはならないと思います。

ソプラノがよく聞こえ、その他のパートはソプラノの旋律のまるでBGMであるかのような仕上がりになってしまうというのは陥りがちな失敗です。

いいのです、リコーダーは、誰が吹いても音が出るのですから!

その利点こそがくせもの。

とりあえず音の鳴る息を吹き込んで、とりあえずそこそこの音量を全曲を通して出しているバス・リコーダーほど、まぬけな響きに聞こえる楽器はひょっとして、他にないかもしれない、と思ってしまいました bearing

たとえば弦楽器の運弓を想像してみるといいのかもしれません。

いつも同じスピードで弓を動かすチェリストはいないでしょう。

バス・リコーダーも同じです。常に、弦楽器の運弓に変わる、息のスピードを変化させる必要があるのです。特に、ポリフォニーの音楽では、ソプラノとバスの旋律のしっかりとした枠組みがあってこそ、すべてのパートの動きが自由に聞こえてくるような気がします。

私の指導する生徒さんの中に、バス・リコーダーだけのアンサンブル曲を楽しんでいらっしゃるグループがあります。来年6月の“Mori のリコーダー音楽会”の準備として、そのグループでは、バス・リコーダーのタンギング、息の使い方、バス・パート特有の旋律の読み取り方など、少し時間をかけて「バス・リコーダーのあるべき響きとはどのようなものか。」とみなさんで考えてみたいと思っています flair

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